創業期:情熱から始まった小さな一歩
創業と離島物流へのフォーカス
創業者の竹之下武治氏が、50歳で定年退職後に起業。鹿児島市住吉町に、資本金200万円、社員3名で「食品卸問屋 竹之下商店」を創業しました。創業当時から地域密着を目指し、離島を多く抱える鹿児島の特性を考え、いち早く種子島、屋久島、奄美大島へと販路を拡大。この離島物流の改革が、売上を飛躍的に伸ばす先駆けとなりました。
拠点づくり
屋久島支店を開設し、離島物流の拠点づくりを着々と進めました。その後、1972年(昭和47年)には本社を現在の錦江町へ移転し、新たなスタートを切っています。
拡大期:南へ、そして革新へ
沖縄への進出
次なる挑戦の地として沖縄へ進出。当時、アメリカからの輸入品に依存していた沖縄に本土の食品を安定供給することで、「離島に強い食品卸流通企業」として絶大な信頼を勝ち取りました。
チルド生鮮食品部
それまで島内での生産分に頼っていた生鮮食品を、本土から新鮮な状態で届ける「チルド生鮮食品部」を開設。これにより、離島の食文化の隔たりをなくすという画期的な役割を担いました。
ネットワークの完成
北薩地区へ進出し、ついに鹿児島県内を網羅するネットワークを完成させました。
カット野菜の導入
今では当たり前となったカット野菜やカットフルーツを、鹿児島でいち早く登場させたのは竹之下でした。消費者のニーズに合わせた変革は、売上を大きく伸ばすきっかけとなりました。
変革期:新たな社名と共に加速する挑戦
沖縄支店を開設。
商号の変更
商号を「株式会社竹之下商店」から「株式会社竹之下」へ変更。テレビコマーシャルを作成するなど、新たなステップアップを図り、変革のスピードを加速させました。
南旬市場の設立
業務用食品卸「南旬市場」を設立。目で見て確かめて仕入れができるこの市場は、竹之下の活躍のフィールドをさらに広げました。
直営店「WAIWAIランド」オープン
屋久島に直営店「ショッピングセンター WAIWAIランド」を開店。コストの課題から不可能とされていた離島への食品の安定供給を可能とし、「離島に強い竹之下」の名を広く知らしめました。
フルライン流通の確立
谷山低温センターを開設し、加工・チルド・生鮮・業務用と全ての温度帯商品を流通できる「フルライン流通」を確立しました。
コンビニ事業への進出
奄美大島初のコンビニエンスストアをオープン。「流通業界の革命児」との呼び声も高まりました。
未来へ:次世代を見据えた挑戦
創業50周年を迎えた後も、本社低温センターの新設など、変革の勢いはとどまることを知りません。個性化する消費者のニーズを的確に捉え、次世代を見据えた食品流通システムの構築に努めています。また、人を育てる企業として社員教育にも力を入れ、一人ひとりが自己変革を念頭に行動できる職場環境の整備にも努力を惜しみません。
「お得意先の繁栄の原動力となる」という目的を達成するため、株式会社竹之下はこれからも変革のスピードを加速させていきます。